大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)1188号 判決 1965年11月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人長谷川正三を懲役一年に処する。

被告人藤山幸男を懲役八月に処する。

被告人高橋文夫、同竹本良美、同中根望、同竹藤強一、同小松俊矩をそれぞれ懲役六月に処する。

被告人七名に対し、本裁判確定の日より三年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人七名の連帯負担とする。

理由

当裁判所は次の四項目に別かつて判断する。

一、本件同盟罷業は、組合員多数の意思に基き実行されたもので、被告人ら組合幹部による煽動の余地はないか、また、本件指令第三号等は、組合大会等の決定をそのまま執行したもので、煽動を問題にする余地はないか。

二、本件指令第三号発出の事実、および被告人らが訴因指摘の如き言動をした事実があるか、どうか。

三、「煽動」の法解釈と、その適用。

四、地方公務員法第三七条第六一条第四号は憲法に違反するかどうか。

(第一)、(第二)≪省略≫

(第三)「煽動」の法解訳とその適用について。

被告人らの各所為が、地方公務員法第六一条第四号の「あおり」に該当するか否かについて考察する。「あおり」すなわち「煽動」は、特定の行為を実行させる目的をもつて、文書、図画または言動によつて、他人に対しその行為を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いのある刺戟を与えることを言うのである。被告人らの所為、言動が、都教組組合員をして四月二十三日午前八時を期して一斉に休暇闘争を実行させること、すなわち、本件同盟罷業を実行させる目的をもつてなされたものであることは明らかである。したがつて、被告人らの所為言動が組合員をして右同盟罷業を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟を与える行為に該当するか否かを判断しなければならない。

原判決および弁護人の所論、また、弁護人がその主張を裏ずける資料として指摘する下級裁判所の裁判例は、この「勢いのある刺戟」という字句を切り離して「それは感情に訴える方法により、その興奮、高揚を惹起させることであるとし」それがために「文書または言動は激越なものでなければならない」としている。そして本件指令第三号その他被告人らのいづれの言動も、都教組組合員の感情に訴え、これを興奮、高揚させる程、それ程激越なものでないから、煽動行為に該らない、とするものである。しかし煽動は、違法行為実行の決意を生ぜしめるような、またはすでに生じているその決意を助長させるような勢いのある刺戟、換言すれば違法行為を実行する決意を生ぜしめ、あるいは、すでに生じている決意をさらに助長する可能性、危険性のある勢いある刺戟である。被煽動者の違法行為実行の決意に影響力ある刺戟を与えることである。〝刺戟″であるから、勿論感情に作用することは言うまでもないけれども、ただ感情を高ぶらせ、かき立てることではない。意志決定に必要な刺戟であるから、同時に、意思作用を動かす刺戟である。違法行為実行の決意に影響力ある刺戟であるから、むしろ、その意思作用を動かす面の強い刺戟である。

被煽動者をして違法行為の実行を決意させる影響力ある刺戟となり得るか、どうかは、煽動者と被煽動者との関係、被煽動者がその違法行為実行についてどのような意向をもち態度をとつているかによつて一律ではないのである。若し、被煽動者が煽動者とも縁もゆかりもない者であり、その違法行為実行について極めて冷静、批判的、むしろ、そのような違法行為の実行を不当として反撥する態度にあるとき、この被煽動者にその違法行為の実行を決意させるには、その情感を興奮、高揚させるような激越、過激な言動がなければ、「違法行為の実行を決意させる影響力ある刺戟」を与える行為とならないかも知れないのである。冷静にして平穏なる農民に供米拒否を煽動したり、善良な市民に納税拒否を煽動する場合には、多くこの感情に訴える方法よりこれを興奮、高揚させるような激越な言動が用いられる。しかしながら、すでに供米拒否のムードが盛り上つた農民に対し、あるいは、すでに税金滞納の気運が醸成されている市民に対し、その実行を決意させるためには、最早激越な言動をもつてその感情を興奮、高揚させる必要はないのである。殊に、その多衆を直接自己の指揮下に動員し得る強力な組織の中で、強力な影響力を有する者は、特に激越な文言を含まない指令一本によつて、容易に大衆をその犯罪行為実行に動員し得るのである。この場合指導者の指揮、指令は、大衆に対し、その犯罪行為を決意するについて、絶大な刺戟となるのである。指導者自らが大衆の感情をかき立て、これを興奮、高揚させるために激越な言動、文書を用いることなく煽動行為は成り立つのである。

地方公務員法第六一条第四号は、同盟罷業等、法律をもつて禁止された違法行為を遂行することの共謀と「そそのかし」および「あおり」または、それらの行為を企てることを処罰の対象としているのである。それは、これらの行為がすべて、違法行為の実行の直接原動力となりまた、これを誘発する影響力、危険性のある行為であるからに外ならない。今その犯罪類型の近似する「そそのかし」行為と「あおり」煽動行為とを比較してみるのに、前者の「そそのかし」行為は、最高裁判所の判例によれば「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を新たに生ぜさせるに足りる慫慂行為」であるとされ、後者の煽動行為は「違法行為を実行させる目的をもつて人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめるような、または、すでに生じている決意を助長させるような、勢いのある刺戟を与えること」とされているのである。その後者が「勢のある刺戟を与えること」を構成要素としているけれども。それは「違法行為実行の決意に影響力ある強い刺戟」ということであつて、この犯罪構成の重点は、言うまでもなく、「違法行為実行に対する影響力」であつて、「被煽動者に刺戟を与えること自体」ではないのである。被煽動者に強い刺戟を与えることを処罰する趣旨は、それが違法行為実行の原動力となる刺戟だからである。それは前段の「そそのかし」行為が、違法行為実行の決意を新たに生じさせるにいたる慫慂行為自体で処罰され、そそのかされるものの意思作用、心理作用に触れる必要がないことを考え併せれば、いづれも「違法行為実行に対する影響力、危険性に可罰の重点をおいていることが諒解し得るのである。原判決や、弁護人の所論は、「違法行為実行に対する危険の排除、ということに思いをいたさず、「違法行為実行の決意に影響力のある勢いある刺戟」という字句の中から、ただ「勢いのある刺戟」という字句を切り離して、被煽動者に強力な感情的刺戟を加えること自体が、いかにも煽動罪のすべてでもあるかのように誤解するものである。

原判決および弁護人の所論、これに採用の下級裁判所の考え方は、組合の最高議決機関によつてすでに同盟罷業の基本方針が決定され、組合員多数の支持を得て、正当な組合委員会の手続きを終つて発出される同盟罷業を組合員に命令する指令は、組合員がこれに服従するのが当然であつて、それは「組織の基礎となつている団体の規律そのもの」だという。すなわち指令第三号が組合員に対し拘束力を有するのはこの「団体の規律」によるものであつて、その内容が組合員の感情に訴えてこれを興奮、高揚させるような激越なもの、すなわち、煽動に該当する文書によるものではない。「もし組合員の自主性のない幹部独裁の組合であつて、その指令も組合員多数の支持を得ておらず、少数をもつて多数を引き廻すというものであれば、その指令の内容や告知方法にも刺戟的要素を多分に必要とし、これによつてはじめて拘束力を獲得するであろうが本件においては全くその必要がなかつたものである」という。

なるほど、組合員多数がすでに同盟罷業を決意している場合は、それが少数であつてなお多くの組合員をして、その反対を押し切つて同盟罷業に同調させる場合に比較して、これを命ずる指令、その告知方法において、高度の刺戟的要素を必要としないことと言うまでもない。それは恰も、すでに供米拒否のムードが盛り上つた農民に対し、すでに税金滞納の気運の醸成されている市民に対し、その実行を煽動する場合にも類似して、最早激越な言動をもつてその感情をかき立てる必要がないだけである。

本件同盟罷業が組合大会という最高の議決機関によつて決定され、その決定の基本方針に基いて本件指令第三号が組合組織の中において正規の手続きを踏んで発動されたこと、各被告人が本部執行委員として、また支部最高責任者として、「指令の確認」、その趣旨の徹底等指令に従つて全組合員を本件同盟罷業に動員させるためにとつた各行動等すべて、組合組織の中における「正規の行動」であることは否定しない。所論は、組合員が指令に従い、被告人ら組合幹部の指示に服従するのは、「団体の規律」によるものであつて、指令や被告人らの煽動に基くものではない、と主張する。しかし、「組織の中における正規、正当性」や「団体の規律、統制」を、法律をもつて禁止された違法行為の実行に利用することは、極めて重大なことである。この場合指令や被告人ら幹部の指示は、全組合員に対し一種の至上命令とさえなり得るのである。組織の規律、統制が堅固であればある程、強力、絶大な力となるものである。さればこそ、本件においても指令第三号の内容および各被告人らの言動のうちに特に各組合員の感情を興奮、高揚させるような激越な文言も言辞も必要とせず、それは、組合員をして本件同盟罷業の実行を決意させ、またはさらにその決意を助長さす強力な刺戟となつているのである。本件都教組組合員のすべてが、学校の教職員という教育者であつて、一般の筋肉労働者に比較して、その言葉使いも神士的であつて、繊細、敏感な感受性をもつ教養人であればなおさらである。

また、指令第三号の内容殊にその前文の文言について、「突如無暴にも一方的に交渉を打ち切つた」とか、それは「未だ前例のない不誠意な態度というべきだ、」というような字句が含まれている点について、検察官は、これは「相手方を厳しくひ謗し、組合員大衆に、相手方に対する敵意と怒りとをかき立てるような激列な文言」である、と指摘し、弁護人は、本件勤務評定反対のための組合側と都教委間の交渉経過を縷述して、事実本島教育長のやり方は無暴であり、都教委の態度は未だ前例のない不誠意なものであることを指摘し、右指令第三号の前文は、この事実を事実として掲げ、相手方の不当な態度に当然の抗議をするため、その事実を説明し評価を加えたもので、その記載は指令として当然の表現である、と主張し、原判決もまた、本件指令第三号の内容には特に刺戟的なものは含まれない、としてこれを無罪の理由としている。

なるほど指令第三号の文言を仔細に吟味しても、それが特に組合員の感情を興奮、高揚させるような激越な言辞を用いたものとは認められない。しかしながら、それは事実を事実として記載し、組合として当然なすべき正当な抗議とその抗議を理由ずける正当な評価を掲げたものであるにしても、その「組合意識の下における正当な抗議」、「正当な評価」こそ、ますます組合員の抗議意識を高揚し、その違法行為実行の決意を助長せしめるものである。違法行為実行に対する自信を強め、その意気を高揚させるものである。未だ同盟罷業の遂行に逡巡する者あるいはこれに批判的な組合員に対しても、その決断、再考を促す大なる刺戟力となるものである。全組合員に対しその意思作用を動かす強力な刺戟を与えるものであることは明らかである。右抗議の正当性、評価の正当性が、組合員の認識と合致するものであるということは、少しもその煽動性を阻却するものではない。指令第三号に日教組指令第十二号を添付したことについても、ほぼ同一のことが言えるのである。勤評闘争が、日教組の全国統一行動として闘われてきたものであれば、日教組委員長の指令によつて本件指令第三号が発出された形をとること、「組織関係の正しい」方式であろう。特にこれを「不当に権威づけた、」と非難することも当らないかも知れない。その意図するところは、組合組織として正規であり、当然の手続きに従うものであつても、これによつて、指令第三号の権威の高められることは否定し得ない。それによつて組合員の意気を高め、感動を呼び、これを発奮せしめることは明瞭である。本件同盟罷業という違法行為の実行についての意思決定に大きな刺戟を与えること云うを埃たないのである。

弁護人は、集団犯罪における指導者の煽動的役割を指摘し労働組合における団体行動は、このような集団犯とは類型的に全く無縁なものである、と主張し、全農林事件の判決を引用するのである。すなわち、「争議行為は労働者の組織的団体による統一的行動であるから、その団体の少数幹部のみの独断的意思によつて誘発されたりするものでなく、団体の各職場における討議、決定を経る等、団体構成員の意思を把握するに必要な手続きを践むのが通例であるし、また、幹部の構成員に対する説得、慫慂という行為も、畢竟構成員をして争議行為の目的と必要性を理解、納得せしめ、その遂行について協力を求めるために行われるものである。そして、時にはかえつて団体構成員ないし下部組織からの強い要求に基いて争議行為の指令を発する事例も稀ではない。」これが労働組合の民主的運営といわれるものであつて、それは単なる理念ではなく、わが実定法上の制度としても定着されているものである、と主張するのである。

勿論都教組における組合運営が民主的になされていないと断定する資料も存在しない。また、本件同盟罷業が被告人ら少数幹部の独断的意思のみによつて誘発されたとするものでもない。一応組合員の意思を把握するに必要な手続を践んだことも、また一部組合員ないし下部組織から、休暇戦術について強い要求があり、本件指令第三号の発出を熱望していた組合員の存在したことも否定するものではない。したがつて暴徒を結集して破壊行動を煽動した、いわゆる群衆犯における指導者と、本件被告人ら都教組幹部とを同一視することはできない。しかし法律をもつて禁止された違法行為の遂行を「労働組合の民主的運営」に乗せることが、「実定法上の制度として定着されているもの」と考えることはできない。この違法行為の実行を組合の最高議決機関を中心とする組合組織の中で民主的に決定することによつて、本来違法な行為が、適法な行為となるものではない。この違法行為の企画、立案、討議、決定はそれ自体違法行為の共謀行為として処罰の対象となるものである。ところがそれが組織の中において組織の意思決定という形をとつて民主的になされるために、法律が最も処罰の対象として重視する、これらの共謀行為を犯罪事実として把握することが困難な場合さえありうるのである。そのことから直ちに、その組織の中で決定された違法行為がその違法性を喪失するものではない。法律は違法行為の共謀の外慫慂、煽動およびこれらの諸行為を企てる行為等違法行為を誘発、助長する虞れのある一切の行為を処罰することによつて、これを禁遏せんとしているのである。被告人ら都教組幹部が本件同盟罷業実行について、その中核となつて行動した所為のうち、本件指令第三号発出と、この指令に基いて三万の組合員を一斉休暇闘争に動員するためにとつた行動は、各組合員に対し、右闘争に参加の決意をなさしめ、これを助長する上に強力な刺戟を与えたものとして、煽動罪をもつて問擬すべきことは当然である。指令第三号発出までの諸々の決定が、組合の「民主的運営」によつてなされたということは、右犯罪の成否に消長をおよぼすものではない。

被告人長谷川、同藤山の指令の配布、その趣旨の伝達の所為、被告人高橋、同中根、同竹藤、同小松の支部最高責任者として、支部委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議あるいは支部集会等においてなした指令の伝達あるいはこれに伴う発言、被告人藤山、同竹本の本部役員として支部委員会あるいは特定小学校においてなした発言は、すべて指令第三号をもつて、都教組傘下約三万名の組合員を、四月二十三日午前八時を期して、一斉休暇闘争に動員するためにとつた行動である。このうち被告人藤山の京橋昭和小学校および常盤小学校における行動について、本件公訴訴因は、他の被告人および都教組役員との共謀の犯行として摘示していないけれども、法律構成としてこれを単独犯行とみるか、共同犯行とみるかは別として、叙上各被告人らのすべての行動は、「指令第三号による同盟罷業への動員」という一連不可分の所為であることを忘れてはならない。原判決および弁護人らは、兎角本件各被告人の個々の場所における個々の言動の一部分だけを切り離して、それが煽動行為に該当するかどうかを判断しようとする傾きがあるのである。殊に被告人藤山の常盤小学校における発言を、それだけ引き離して、判断することは正鵲を失するのである。中央支部ではその立遅れを何とか取り戻して、少しでもその面目を保とうと考えて、態々本部から被告人藤山の出馬を煩わしたが、その四月二十一日夜の拡大闘争委員会にさえ、不参加の分会があつたので、このような脱落の色濃厚な分会に最後の説得を試みて、その脱落を喰い止めるために、再び本部副委員長という地位にある被告人藤山を煩わし、中央支部役員では自信のないところを、同被告人の力で補つたものである。四月二十三日の一斉休暇闘争を翌日に控えて、ギリギリのいわば最後の土壇場におけるこの被告人藤山の訪問は、それ自体訪問を受けた学校における組合員にとつて大きな刺戟となつたのである。被告人藤山の人となりから考えても、同被告人が声を大にして語調を強め組合員の感情をかき立てるようなアジ演説をしたとは思われない。殊に常盤小学校においては一斉休暇闘争を実施しなければならない理由を説明した程度で、特に他の場合のように、明らさまに「一斉休暇闘争に参加せよ」とか、「して貰い度い」という発言はしていないのであるが、被告人藤山が同小学校を訪問した経緯から考察して、同被告人の同校訪問その発言は、本件同盟罷業に組合員を動員するため、その決意を促す強い刺戟を与えたものと言える。

被告人高橋、同中根、同竹藤、同小松の四月二十一日各支部緊急委員会等における指令の伝達とこれに伴う発言は、前記「行動規制」に基く「指令の確認」その趣旨励行を目的としたものであり、被告人高橋、同小松の四月二十二日、各支部における全組合員よりなる支部集会における発言は、直接組合員に対し翌二十三日決行の一斉休暇闘争への全員参加を呼びかけたものである。また、被告人竹本の四月二十一日練馬支部の拡大闘争委員会における発言は、本部執行委員として支部長高橋の発言を援護補足した程度のものであるが、これら各被告人らの行動はすべて本件公訴訴因においても、都教組本部役員等と共謀関係にあるものとして摘示されており、指令第三号によつて組合員を本件同盟罷業に動員するための一連不可分の所為であることは明らかである。その指令の配布、伝達以外の発言内容は、組合員全員が四月二十三日の一斉休暇闘争に参加するよう慫慂し、本件休暇闘争が合法的であることを説明したものである。数十名の支部分会の役員を前にした発言と数百の組合員を前にした支部集会における発言とは、その音声、語調、態度に自ら差異のあることは当然であろう。指令第三号と異つて、これら各被告人の発言は、組合員あるいは分会の中で、兎角組合意識の低調な、本件同盟罷業の実行について批判的であり、これに逡巡、去就に迷うもの、或はこれに反対するものも、一致団結して一人でも多く一斉休暖闘争に参加するよう呼びかけたものであるから、勢い「足並みを揃えて」とか「結束を乱さず一致して」とか、あるいは「団結して闘争を勝利にみちびく」とかいう言葉が使われているが、それは、このような落伍者脱落者を一人でも少くするためには当然用いられる言葉であつて、その言辞一つをとらえて激越だとか、組合員の感情を高ぶらせたとは言えない。「行政措置要求だから合法的」だという説明も、指令第三号を携えて、戦術委員会よりその足で、これを伝達すべき支部委員会に出席した、支部最高責任者として、当然なすべき説明であろう。これによつて分会役員の感情が興奮するとも考えられない。しかし、本件一斉休暇闘争を二日後に控えた四月二十一日夜の各支部における緊急委員会、拡大闘争委員会、分闘長会議は、はじめて、指令を支部分会の役員に手渡し、現実にこれを発動する重要な会合である。また翌二十二日午後三時を期して開かれた全組合員よりなる支部集会は、一斉休暇闘争を翌日に控え、全組合員に直接「明日への参加」を呼びかけるための大会である。これらの分会、集会において、指令第三号を前にした支部最高責任者の発言、指令に従つて闘争に参加すべきことの要請は、指令第三号と相埃つて組合員をして迫る一斉休暇闘争への決意を助長し、あるいは未た去就に迷う者、消極の立場にある者に対して、その態度意思決定をきめる上に大なる影響力をもつ刺戟を与えるものと言わなければならない。

原判決は、地方公務員法第六一条第四号を憲法三一条の趣旨に違反しないよう、その規定の合理性と適正性を考究して解訳すべきである、と前提して、右法第六一条が争議行為を実行した者を処罰せずに、その煽動行為のみを特に独立して処罰する合法的根拠は、争議行為の実行を煽動する所為が、争議行為の実行そのものより違法性が強いと認められる場合でなければならないとする。すなわち、同法第三七条第一項前段に規定する争議行為は、一定の争議を目的として行われる集団的行動であつて、その実質上の主体は職員の団体であり、個々の職員は、その争議行為に参加するという地位に立つものである。したがつて職員が争議行為を企画立案するここも、争議行為について説得、激励することも、すべて職員の争議行為参加の一態様にすぎない。争議行為の実行者を処罰しないで、その争議行為参加の一態様にすぎない共謀、教唆、煽動を独立して処罰の対象とすることは、一般の刑罰体系の通念にも反し、別に合理的な根拠が存在しない限り許されないことである。この合理的根拠を見出すためには、地方公務員法第六一条第四号の〝争議行為の遂行を煽動した者″を、(1)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員以外の第三者であつて争議行為の遂行を煽動した者、(2)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて、争議行為の共同意思に基かないで、争議行為の遂行を煽動した者、(3)争議行為の主体となる団体の構成員たる職員であつて、争議行為に通常随伴して行われる方法より違法性の強い方法をもつて、争議行為の遂行を煽動した者等、争議行為の実行者よりも一段と違法性が強い、と解される者に限つて、これを処罰する趣旨と解すべきところ、本件指令第三号その他各被告人の言動は、いづれも、争議行為に通常随伴して行われる行為であつて、特に違法性の強い方法によつたものとは認められないから、前記法条の煽動行為に当らない、と判示するのである。

しかしながら地方公務員法第六一条第四号が、争議行為の実行者を処罰しないで、これを共謀し、そそのかし、煽動した者、またはこれらの行為を企てた者を処罰するのは、争議行為の原動力となり、これを誘発、指導、助成する、その共謀者、慫慂者、煽動者あるいはこれを企てた者だけを処罰することによつて、このような集団的組織的な違法行為を禁遏し得ると考えたからである。違法行為が実行に移される前の段階において、その原動力となりこれを誘発、指導、助成する行為を禁遏することによつて、未然に違法行為の実現を防遏し得るし、争議行為が実行された場合においても、その原動力となり、これを誘発、指導、助成した者を処罰すれば、その違法行為を実行した者、本件について言えば、四月二十三日の一斉休暇闘争に参加した二万四千人の教職員の一人一人を処罰する必要はないのである。

原判決は、争議行為を企画、立案することも争議行為について指令、指示することも、争議行為について説得激励することも、職員が争議行為に参加する一態様に過ぎないとして、指令第三号の発出や、被告人ら幹部の行動を一斉休暇闘争に参加した二万数千人の組合員の行動と、これを同列において評価しようとしている。そして指令第三号も、指示激励も争議行為に通常随伴するものだ、というけれども、これは弁護人さえ指摘するとおり、そんな従属的なものではない。争議行為の原動力であり、その支柱である。闘争に参加した組合員一人一人を処罰しないで、その原動力、支柱となつた被告人らを処罰する合理的根拠は十分に存在するのである。

また、原判決は、団体の構成員以外の第三者による煽動は構成員の煽動より違法性が強いというけれども、組織と無関係な第三者の行動は、むしろ、その影響力、指導力に乏しいとさえ言える。団体の共同意思に基かない煽動についても同様である。争議行為の主体たる団体を法律的に限定し、その構成員による煽動と構成員以外の第三者による煽動とを区別すること、例えば都教組幹部による煽動と日教組あるいは総評幹部による煽動とを区別することもそれ程の意味のないこと、また、弁護人も指摘するとおりである。

また、原判決の如く、団体の構成員による煽動は、争議行為に通常随伴する方法より一般と違法性の強い方法によらなければ、煽動にならないと解するならば、団体の構成員による争議行為の共謀慫慂、あるいはこれを企てる行為も同様に解すべき筋合となるが、争議行為の共謀、慫慂、また、これを企てる行為で、争議行為に通常随伴する方法によるものと一段とそれより違法性の強いものと、なにを基準にして判定すべきか、疑いなきを得ないのである。

畢竟原判決が争議行為に参加する一般組合員と、これを指導して争議行為を誘発、助成する原動力となる者との行動を全く同一視し、団体の構成員自らがその原動力となる場合と、第三者が原動力となる場合とを区別し、その違法性に強弱があるとし、争議行為の原動力となるその煽動等の行為に、争議行為に通常随伴する方法によるものと、一般と違法性の強いものとがあるかの如く前提して、本件被告人らの各所為を煽動行為に該当しないとしたことはすべて誤りである。

(第四)  地方公務員法第三七条、第六一条第四号は憲法に違反するか。

弁護人は、原審および当審において、地方公務員法第三七条、第六一条第四号が、日本国憲法の諸条規に違反し無効である、と主張するので、この点について考察する。

一  地方公務員法第三七条第六一条第四号が憲法第二八条に違反するとの主張について。

まづ、地方公務員法第三七条第一項が職員の争議行為を禁止しているのは、憲法第二八条が勤労者に保障する団体行動権を侵害するのではないか、という点である。勿論地方公共団体の職員と雖も、その公務員たる地位を離れて勤労者としてあるときは、憲法第二八条の規定により他の勤労者と団結して争議行為を行う権利を享有することは言うまでもない。しかしながら、それが公務員たる地位にある限り、公共の福祉のためにその争議権を失うものと解しなければならない。憲法の保障する国民としての権利は、常に公共の福祉のために行使することを必要とし、公共の福祉のために立法その他国政の上でその制約をうけることは日本国憲法第一三条等の条規によつて明瞭である。ここに「公共の福祉」というのは、国家、社会全体の利益を言うのであつて、それは地方公共団体の職員自身をも含めて全体の利益を意味するものであることは当然である。ただ全体の利益と言つても、その全体が必ずしも利害を共通にするとは限らないし、互に利害相対立する場合もあり得るのである。そこで、これら互に相反撥する利害関係をできるだけ調整して矛盾、衝突をできる限り少なくして、円満平和な社会を維持するために必要欠くことのできないものが「公共の福祉」の理念である。

公務員に争議権を与えることがどうしてこの「公共の福祉」に反するか、「公共の福祉」のためにどうして公務員から争議権を剥奪しなければならないか、について考察する。争議権は勤労者が適正な労働条件を確保するために、労働力取引においてその実質上の対等を維持するために必要な権利である。勤労者はこの団結して労働を売らない権利を持たなければ、その生存を支えるために適正な労働賃金その他の労働条件を取得、維持し得ないのである。生存を支えるために必要な賃金を支払わないときは、相手方がこれに応ずるまで労働の売渡しを拒否するのが争議権の内容である。ところが公務員は国または地方公共団体の住民に対して労働を売り渡すのであつてその使用者は住民である。しかも公務員は全体の奉仕者としてその住民に奉仕するものである。そこで、公務員の勤務条件は、法律または条例によつて適正なものを保障され、使用者たる住民に対抗して労働不売の闘争が禁止されるのである。公務員の勤務条件は、公務員が奉仕する住民との闘争によつて勝ち取るべきものでないのである。地方公務員法第三七条第一項が、地方公務員は、地方公共団体の機関の代表する使用者としての住民に対し争議行為をなし得ないことを定めている所以である。

公務員の勤務条件は法律または条例によつて、その職務と責任に応じて適正なものが保障されなければならない。これは公務員に対し争議行為が禁止されるため、その代償だけの意味ではないのである。公務員はその職務の性質上一般私企業に従事する勤労者と異つて、その服務についても、種々法律上の規制を受け、これに違反した場合には懲戒または刑罰等による制裁を受けるのである。このような公務員が全体の奉仕者として誠実、公正に住民に対しその職責を果すために、それにふさわしい勤務条件が法律または条例により適正に保障されなければならないのである。

このように、公務員は全体の奉仕者として住民に対抗して労働不売の闘争をなし得ないと同時に、その職責に適応した勤務条件を法律、条例によつて保障されることによつて、当該公務員を含めての国家社会における摩擦衝撃を避け、真の均衡調和を保障し得るのであつて、これが憲法の要請する「公共の福祉」の理念である。弁護人は、公務員が勤務条件を不満として労働拒否をした場合、これによつて便益を得ようとする住民の期待は裏切られるが、公務員はこれによつて賃金を失い、住民はその限度において税金を免れるから、もともとだと主張するが、公務員と住民との闘争をこのようにみることは公共の福祉の理念を理解しないものと言わなければならない。

以上の如くすべて公務員は、その地位にある限り、いかなる争議行為をもなし得ないのである。当該公務員の職責が特に重大であつて、その争議行為によつて国家、社会の存立を危殆ならしめるという理由ではない。したがつて極めて低い地位にある公務員であつて、その職務もあまり重要でなく、その公務員が争議行為をしても、それ程支障がない場合でも、それは禁止されるのである。すべての公務員について一律かつ全面的に禁止するものである。特定の特種の公務員について、個々の争議行為を禁止したり、許容するものではない。また、争議行為によつて実際に発生する支障実害の大小、ことにこれと争議行為を禁止されることによつて公務員が蒙る損失の大小を比較して、争議行為の適否、許可、不許可を定めることもできない。原判決が本件争議行為による被害法益を国民の教育を受ける権利であるとし、法益均衡の上から本件争議行為は許されないとしたのは正鵠を得たものとは言えない。

弁護人はILO第八七号条約に言及し同条約の保障する「労働組合の活動を定める権利」の中には、争議権が含まれるとし、地方公務員法が公務員の争議行為を禁止するのは、条約すくなくとも確立された国際法規に違反するものであり、憲法第九八条第二項に違背すると主張する。

第八七号条約第一〇条において、労働者団体は、労働者の利益を増進し、かつ擁護することを目的とするものとし、第八条第二項が国内法令は、この条約に規定する保障を阻害するものであつてはならない、と規定しているため、労働組合団体の活動が著しく困難となるような制度、ことに争議行為が労働者の利益を増進し、かつ、擁護するための通常の手段であるところから、この争議行為を禁止することが、条約第八条第二項に反する可能性のあることは指摘されている。そのため基幹的公共事業等不可欠のサービスに従事する労働者に対し争議権を否認する場合は、この労働者を保護するための適切な保障、すなわち公平で拘束力ある仲裁制度という代償を必要とするのである。しかしながら、公務員は、その地位の特殊性、特にその勤務条件が直接法令によつて保障されているため、公務員に対する争議行為禁止は無条件に承認されているのである。昭和二十七年および昭和二十八年、世界労連および総評より申立てた第六〇号事案について、ILO結社の自由委員会は、国家公務員および地方公務員の争議権の問題に答え「法定の勤務条件を享受する公務員は、大多数の国々においては、その雇用を律する法令によつて通常ストライキ権を否認されており、この点については、これ以上考察を加える理由は存しないと考える」(第十二次報告第五一頁)と述べ、公務員に対する争議行為禁止は、法令の定める勤務条件の享受だけで、無条件に容認されることを明らかにしているのである。ただその後第一七九号事案において、公務員のうち地方公務員については、その勤務条件が国の法令でなく、地方の条例によつて律せられることを理由に、地方公務員の争議行為を禁止する場合は、公労法や地公労法適用の職員の場合に準じて、公平かつ拘束力ある仲裁制度を採用することの当否を検討するよう示唆する、という勧告を行つているのである。しかしながら、それは争議権を禁止することの代償措置として単なる勧告機関でなく、公平かつ拘束力を有する仲裁機関を採用することの当否を、わが国の実情を勘案して検討するよう示唆する、というに過ぎないのであつて、右の示唆に一応傾聴する必要はあつても、右勧告をもつて確立された国際法規であるとし、地方公務員法をもつて同法規に違反するものとすることはできない。

以上、地方公務員法第三七条第一項が、地方公共団体の職員について、その争議行為を禁止することが憲法第二八条第一三条等の条規に照して適法であり、またILO、第八七号条約その他の国際法規にも何ら抵触しないことを明らかにした。したがつて、同項後段において、右法律によつて禁止された争議行為等違法行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおる各所為を禁止し、同法第六一条第四項が、右違法行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者を処罰する旨定めていることが、前記憲法第二八条等の条規に照して適法であることは最早多言を要しない。

二  地方公務員法第六一条第四号が憲法第三一条に違反するとの主張について

弁護人はまづ、地方公務員法第六一条第四号はいかなる構成要件を定めているのか明確でないから、憲法第三一条に違反する、と主張するのであるが、同法規が地方公務員法第三七条第一項が禁止する違法行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者を処罰する趣旨であることは明らかである。ただ、その遂行を共謀すること、そそのかすこと、あおること、又それらの行為を企てることは、いかなる所為を言うのか、その法解釈の問題は残る。しかもその法解釈の極めて困難であることは、これを否定し得ない。しかし法解釈の問題、その困難性はどの法律においても程度の差こそあれ、避けられないのであつて、これを克服することが裁判の任務であつて、法解釈の困難なことから直ちに法律の定める構成要件が不明確であるとは言えない。

また弁護人は、地方公務員法第六一条第四号は、実定法上罪とならない争議行為等の共謀、教唆、煽動等の前段階的行為を処罰するもので、合理的根拠を欠き、憲法第三一条に違反する、と主張する。地方公務員法第三七条第一項において公務員の争議行為を禁止し、これを違法行為としながら、その実行者を処罰する規定のないことは明らかである。また、従来の刑罰体系からみて、犯罪の実行行為を処罰しないで、その共謀や、教唆煽動のみを処罰することが例外的措置であることも、所論指摘のとおりである。しかしながら、犯罪の実行行為そのものよりその共謀、教唆、煽動の方が可罰性の強いときは、実行行為を処罰しないでその共謀、教唆、煽動のみを処罰することは少しも不合理ではない。通常の犯罪において犯罪の実行が最も可罰的評価の高いものであることは否定し得ない。したがつて可罰的評価の最も高い犯罪行為の実行を処罰しないで、その前段階における予備、陰謀、未遂を処罰したり、教唆、煽動を処罰することは不合理なこととも考えられる。しかしながら、法律をもつて禁止された争議行為という違法行為の実行は、個々の行為者の所為一つ一つを切り離してみたとき、それは可罰的価値を有しないのである。勿論その一つ一つの実行行為が集合して集団的違法行為となるとき、それは大きな反社会的違法行為となるけれども、その集団的違法行為の責任は、多衆を結合せしめて争議行為に動員した者、すなわちその原動力となつてこれを企画、立案、討議して動員指令を発動した者にあるのである。したがつてこの中核、原動力となつた共謀者、教唆、煽動者或はその企画者を処罰すれば足るのであつて、動員されて争議行為に参加した一人一人の実行行為は、最早可罰の必要がないのである。争議行為という組織的集団違法行為においては、その原動力となる組織指導者の共謀、教唆、煽動の所為と、これによつて争議行為に参加した個々の争議行為実行者の所為とは全くその可罰的評価を異にし、その前者を処罰することにより、後者は全くその処罰を必要としなのである。地方公務員法第六一条第四号は、少しも合理的根拠を欠くものでなく、なんら憲法第三一条にも違背するものではない。

三  地方公務員法第六一条第四号が憲法第一八条に違反するとの主張について

刑罰をもつて争議行為を禁止することは、刑罰の威嚇をもつて間接に労働の提供を強制するものであつて、憲法第一八条の「意に反する苦役」からの自由を侵害するという主張である。しかしながら、憲法の保障する苦役からの自由は、自由を拘束してこれに苦役を強制することを禁ずる趣旨と解すべきである。公務員は、その公務員たる地位にあると否とはその自由であり、自ら公務員たる地位にある限り、自らが構成員である国または地方公共団体の住民に対抗して、勤労不売の闘争を禁止されているに過ぎない。その結果公務員が就労執務を余儀なくされても、それは公務員が公共の福祉を実現するための責務であつて、苦役からの自由を奪われるものと解することはできない。

また、公務員の争議行為を禁止することが憲法に違反しないのは、地方公務員法第六一条第四号が、右禁止違反に対し刑罰を科していないからではない。もし公務員に対し争議行為を禁止することが、意に反する苦役の強制に該当するならば、仮に刑罰をもつて禁止しなくても右憲法の規定に違反するものと解しなければならない。公務員は法律によつて争議行為を禁止され、またその、争議行為の遂行を共謀、慫慂、煽動する者等がすべて刑罰によつて処罰されるため、公務員は就労執務を余儀なくされることがあつてもそれは公務員が自ら公務員たる地位を保持する限り、全体の奉仕者としての公務員の地位に当然附随する公共の福祉実現のための責務であつて、憲法が禁止する苦役の強制とは全く異質のものといわなければならない。原判決が公務員に対する争議行為禁止も意に反する苦役の強制に外ならないが、法律は争議行為の煽動を処罰するだけで、争議行為の実行者を処罰していないから、刑罰の威嚇による苦役の強制にならない、という理由で、地方公務員法第六一条第四号を合憲と判断しているのは正鵠を得たものとは言えない。

以上原判決は、事実を誤認し、法令の解釈を誤り被告人らに対し無罪を言い渡したものであつて、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条第三八二条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により自判することとする。

(事実の認定)

一  東京都教職員組合と勤務評定反対闘争の経過

東京都教職組合(都教組)は、東京都下公立小中学校の教職員約三万五千名をその組合員とし、また全国の道府県教職員組合と連合して日本教職員組合(日教組)を組織している。都教組には、最高議決機関として大会、これに次ぐ議決機関として委員会があり、いづれも組合員より直接選出する代議員あるいは委員をその構成員とするが、右議決機関の外執行機関として執行委員会があり、組合が闘争状態に入つた場合は、この執行委員会が闘争委員会となり、執行委員会の構成員に各支部の支部長を加えてこれを戦術委員会とした。

被告人長谷川は執行委員長として組合を代表し、大会、委員会および執行委員会を召集し、執行委員会の議長となるもので組合の最高幹部であり、被告人藤山と同竹本は執行委員会の構成員となり、被告人高橋は練馬、被告人中根は文京、被告人竹藤は北、被告人小松は品川の各支部長として支部執行委員長たると同時に、闘争委員会、戦術委員会の構成員となつていた。

昭和三十一年十月一日、地方教育行政の組織及び運営に関する法律が施行され、地方公務員法第四〇条第一項による勤務評定制度が、都道府県教育委員会の計画に基いて、各市町村教育委員会におて、これを実施すべきことになつたので東京都教育委員会事務局(都教育庁)においも、昭和三十二年二月頃から都下公立小中学校教職員を対象とする勤務評定規則案の検討を開始し、同年五月頃からは、都道府県教育長協議会が、右勤務評定の全国的基準案の作成に着手し、同年十二月には、その全国試案なるものが完成し、同月二十一日これが一般に発表された。

この教職員に対する勤務評定制度に対しては、日教組を中心として、これは、教職員を政治権力に追従させ、教育を国家統制のもとに置いて、教育者の自主的教育活動を阻害する政府の反動文教政策の一環であるとして、絶対反対の態度が明らかにされ、都教組においても、日教組の指令に基いて傘下組合員に対し反対阻止の統一行動をとるよう指示してきたが、昭和三十三年一月十七日の第十六回定例委員会において、勤務評定については休暇闘争を含めた実力行使をもつて団体交渉を強化する、闘争の進展に対応して戦術については戦術委員会できめ、重要段階は大会が決定する、という休暇戦術を含む春季闘争方針を決定した。

そして同年二月二十八日より前記全国試案に基いて、都教育庁との間に折衡を重ねたが、三月上旬東京都としてもほぼ全国試案と同一内容の勤務評定規則案を完成し、同年四月一日同規則を施行し、同年九月一日よりこれを実施する予定が明らかにされたため、都教組執行部は、春季休暇中に、都教委が勤務評定実施を決定した場合には、入学式、始業式の当日に休暇闘争を行う決意を固め、同年三月十二日の戦術委員会において、同月二十日臨時大会を開いて最悪段階には休暇闘争を含めた実力行使を行うことを大会に提案することを決定した。そして、右決定に従い、同月二十日午前九時四十五分から杉並公会堂において第三十三回臨時大会が開催され、同大会において「最悪段階には休暇戦術を行使する。指令権は戦術委員会に一任する」等の執行部原案が多数決をもつて可決された。次で、同月二十二日右大会決定に基いて、指令第十五号をもつて、三月二十六日から四月六日までの春季休暇中に都教委員が勤務評定の実施を決意した場合には、四月七日以降何時でも一斉休暇に突入できる態勢を確立するよう組合員に指令したが、この事態を憂慮した都教委が、三月中に勤務評定規則を制定することを断念したため右指令は解除され、一斉休暇闘争は一応回避された。しかし、なお都教委側における早期実施の態度に楽観を許さないものがあつたので、同年四月三日第一回定例委員会において「指令発動の時期と方法に関する事項」を可決し、都教委が勤務評定規則を決定する日に休暇戦術を行使すること、実施指令は実施日の二日前に発動するが、都教委が秘密裡に規則制定を強行するような場合は情報を確認した日に実施指令を発動し、したがつてこの場合実施の日は情報確認の日より二日後になること、指令発動は戦術会議を開催して行うこと、休暇戦術の規模、内容の基本は、第二回定例委員会に提案し、下部討議に付し、それより四日後の戦術委員会において行動規則を含めて決定すること等が併せて決定され、右決定に基き、同月十一日第二回定例委員会を開き、休暇戦術の実施につき支部、分会各組合員のとるべき具体的行動殊に、一斉休暇の前前日には各支部において、緊急執行委員会、分闘長会議を夜開催し、指令の確認各分会の態勢の確認、当日の行動の打ち合わせを行う等を詳細に規定した行動規制が提案され、同月十六日の戦術委員会においてこれを決定し、さらに同日日教組指令第九号に基き指令第一号を発して、同月二十二日午後三時より、各支部は全組合員参加の支部集会として、勤務評定、修身科復活反対要求貫徹大会を開催するよう指令した。

そして同月十九日東京都本島教育長は、同月二十三日の都教委に勤務評定規則案を上程する旨の告示をすると言明し、これ以上都教組との話し合いを継続することを拒否したため、都教組戦術委員会は同月二十一日夜、千代田区神田一ツ橋教育会館内都教組本部において同本部役員、各支部長出席のうえ戦術会議を開催し、指令第三号を決定し、都教組闘争委員長長谷川正三名義の同指令書を作成した。

その内容は、われわれは、二月六日全国教育長協議会試案の説明を受けて以来、十二回の交渉をもち、その問題点を追及してきたが、四月十九日第十三回目の交渉において、本島教育長は突如無暴にも一方的に交渉打ち切りを宣言し、四月二十三日の教育委員会で審議することを告示した。当初試案によつて意見を聞いた上、都案を作成し、その上更に交渉すると言明していたにもかかわらず、試案についての質問段階で交渉を打切り、実施の決定を強行するということは、未だ前例のない不誠意な態度というべきである。よつて日教組指令第十二号に基き、左記行動を指令する。

一  組合員全員は、勤務評定を実施させない措置を地公法第四十六条に基いて人事委員会に対し要求せよ。

右措置要求の手続きは、四月二十三日午前八時より開催する全員集会でとりまとめ、すみやかに人事委員会に提出せよ。というものであり、右指令の末尾には日教組中央執行委員長、小林武名義の都教組闘争委員長、長谷川正三及び高教組闘争委員長成田喜澄宛四月二十一日附日教組指令第十二号を添附し、その内容は、

勤務評定措置要求に関する件

標記の件に関し、中央執行委員会の決定に基き左記行動を指令する。

一  組合員全員は、勤務評定を実施させない措置を、地公法第四十六条基にいて人事委員会に対し要求せよ。

右措置要求の手続は、四月二十三日午前八時より開催する全員集会でとりまとめ、すみやかに人事委員会に提出せよ。

二  右手続に必要な休暇請求は四月二十三日までに行うものとする。

というものであつた。

二  罪となる事実

指令第三号に基いて傘下組合員である教職員をして地方公務員法第四六条による措置要求の名のもとに校長らの承諾なくして就業を放棄して同盟罷業を行わしめる目的をもつて、

(一)  被告人長谷川、同藤山は、他の本部役員及び各支部長らと共謀して、右指令の決定された四月二十一日夜、都内特別区各支部ごとに開催された前記「指令の確認」等を目的とした緊急委員会、分闘長会議等において、都教組各支部役員らを介し、同都特別区内公立小中学校の教職員である都教組分会役員らに対し、右指令第三号を配布するとともに、その頃、同都各特別区内において、同分会役員らを介し、都教組組合員である教職員合計三万名に、右指令の趣旨を伝達し、

(二)  同日午後八時頃より、被告人高橋は練馬区立豊玉第二小学校に、被告人中根は文京区柳町あおば学園に、被告人竹藤は北区教育会館に、被告人小松は品川区立中延小学校に、それぞれ開催された前記「指令の確認」を目的とする当該支部における拡大闘争委員会、分闘長会議、緊急委員会、緊急分闘長会議と称する各分会に、いづれも前記指令第三号を携えて出席し、本部役員支部長らと共謀し、右席上、各支部所属の各分会役員らに対し右指令を配布すると共に、

被告人高橋は、一斉休暇に対して地方公務員法違反により弾圧や首切りがあつた場合の責任は都教組本部で負うことになつているから、組合を信頼して指令に従つて一緒に行動されない旨、

被告人中根は、これは地方公務員法第四六条に基く行政措置要求であつて合法的なものであるから、各分会とも、この指令に基いて、全員が四月二十三日の一斉休暇闘争に参加するよう足並みを揃えてもらいたい旨

被告人竹藤は都教育庁との団体交渉は決裂してしまつた、そこで愈々四月二十三日反対闘争として行政措置要求大会を実施する指令が出たから、この指令に従つて大会に参加して貰いたい。これは地方公務員法第四六条に基く措置要求手続を行使する権利であるから合法的なものである旨

被告人小松は都教組から指令が出たから、全員一致して来る二十三日には一斉休暇をとつて大会に参加されたい旨

それぞれ全組合員が指令第三号に従つて一斉休暇闘争に参加するよう各分会役員らの協力を要請し、その頃同分会各役員らを介し、当該支部所属の組合員である各公立小中学校教職員数百名ないし千数百名に対し、右指令第三号の趣旨を伝達し、

(三)  被告人竹本は、被告人高橋よりやや遅れて前記練馬支部拡大闘争委員会に出席し、本部役員および各支部長らと共謀し、会場の支部分会役員らに対し、大田支部ほか一支部は全員足並みを揃えて参加することになつている、都教組本部の決定に従つて全員がまとまつて闘争に入るべきだという趣旨の発言をなし、

(四)  翌二十二日午後三時頃より、被告人高橋は練馬区立旭ケ丘中学校に、被告人小松は、品川区戸越全園に、それぞれ開催された、前記指令第一号に基く、当該支部主催の「勤務評定、修身科復活反対要求貫徹」の支部集会に出席し、本部役員および各支部長らと共謀し、会場の当該支部所属組合員各数百名に対し翌二十三日の一斉休暇闘争には全員が結束して参加すべきである旨要請し、

(五)  被告人藤山は、中央支部において四月二十一日夜の指令確認等を目的とした拡大闘争委員会にも不参加の分会があつて、その脱落が憂慮されたところから、同支部長渡辺四郎らが、その立ち遅れを挽回するため、特に本部執行委員の地位にある被告人の出馬を要請したので、翌二十二日午前中最後の説得をなすため右渡辺四郎らと共に中央区八重洲町四丁目中央区立京橋昭和小学校および同区日本橋本石町四丁目同区立常盤小学校を歴訪し、同校教職員数名ないし十数名に対し、

前校においては、都教育庁との団交が決裂し、二十三日には行政措置要求大会のため一斉休暇闘争を実行することになつた。組合全体の足並みは必ずしも揃つていないが、全組合員が足並みを揃えて闘争に参加してもらいたい旨また後校においては勤務評定反対の理由を説明し教育を守つてゆくためには一斉休暇をやらなければならない旨

それぞれ申し向け

もつて地方公務員である教職員に対し同盟罷業の遂行をあおつたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人七名の判示行為は、地方公務員法第六一条第四号(被告人藤山の(五)事実を除いてはなお刑法第六〇条)に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し被告人長谷川を懲役一年、同藤山を懲役八月、同高橋、同竹本、同中根、同竹藤、同小松をそれぞれ懲役六月に処し、刑法第二五条第一項により、被告人七名に対し、本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予し訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条により被告人七名に連帯して負担させる。

よつて主文のとおり判決した。(兼平慶之助 関谷六郎 小林宣雄)

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